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ドストエフスキーを読んだと嘘をついた。

だから意見、お貸しします。

自分との議論を科学が推奨してくれた。

 

自分との議論は、学習方法としてかなり有用な効果を持つらしい。アメリカの大学が研究発表してた。

名前出さずにアメリカの大学と書くとなんかちょっぴり胡散臭く感じる。けど単純に名前忘れただけです。

 

自分との議論といっても内なる自分を降霊させ対話をするというスピリチュアル要素たっぷりのものではなく、学んでいる理論に対して湧き出てくる質問や意見に自分で答えを用意するというもの。つまり分からない側や否定派の見解を意識しながら柔軟に理論を打ち立てることが大事だよと言っている。噂の米の大学が。ちゃんとした話なんです。サイエンスに論文載ってるんです。

 

意識はしていないが、改めて言われると納得できる事は多い。

ブログを書いている時を筆頭に、なにか意見を発言しようとすると、否定派側によって炎上するんじゃないかと思う時がある。とにかく論破と真っ向否定が好きな人たちに、寄ってたかってボコボコにされるんじゃないかと。そういう疑念には、自分の中で作り上げているイメージに打ち勝てるように、理論を組み上げることが、そしてそれを考えることが大事らしい。

確かにそうするとここ説明不足だなとか、ここ話題が急展開だなと冷静に考えて書ける。少しでもいいものを書くために必要な考え方だなと感じることが多い。

 

けど、これは性格的な問題か、この学習方法の弱点か判別つかないけど、時々湧いて出た意見に対して、本気でムカつく時がある。

じゃあもういいよ。そんなん言うなら一緒分かんないだろうね!!分かる人だけ分かってくれれば良いよというなんとも自分本位な気持ちを抱いてしまう。

どう考えても前者が原因ですよね。今もこの話を聞いた人たちの意見を想像して答えを出しましたもん。

 

学習方法というだけあってこれは座学でも使える。

国語、数学、日本史、英語、化学等を勉強する時は湧き出る否定派と対立するのではなく、分からない人をイメージするといいらしい。そう言った人に教えるつもりで、ここが分からないだろうからこの部分に重点を置いて説明しよう。というように自分の中で整理しながら学問を噛み砕いていくと、簡単に習得できるらしい。

 

別に僕が見つけた理論ではないから、らしいとか確かにが多い記事になってしまったけど、「現役東大生が教える暗記方法」とか「偏差値を30から70まで上げたノートの取り方」みたいな、研究結果というよりも実体験に基づく理論を強引に体系化して打ち立てたものよりかは信用できる方法で、勉強に応用が効くものだなと思う。

 

昔から教えることが1番身につくと言われてきた。

上記のような語り継がれてきた言いぶん、つまり類は友を呼ぶとか石の上にも3年とか、根拠は未だ科学じゃ証明できてないけど、間違いなく誰もが法則と思ってしまうようなものは、言い伝えが途切れないだけあって、その通りだなと思わせるだけの力がある。

柔軟な意見になるように、先人達も議論をしてきたのだろうか。

なんにせよ100年後まで残すなんてことは求めないが、やらなきゃいけない勉強を効率よくこなすために、是非とも自分と対話を続けたい。