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ドストエフスキーを読んだと嘘をついた。

だから意見、お貸しします。

空間を引き裂くブーブッブ。

 

新進気鋭のアナログサウンド。短いながらも空間を引き裂く摩擦音は多くの人の心を捉えて離さない。唯一無二の曲数で、そのアイデンティティを示す今注目の若手バイブ。

 

ありがちバンド紹介ではなく、ありがちなスマホの通知であります。

 

簡単な話でありまして、机の上に置かれた携帯のバイブがうるさくてたまらないと。今日はそういう話です。

 

講義中、仕事中、お酒を嗜んでいる途中、どこであろうと、机の上で数ミリほど移動するスマホの通知バイブは、夏場、耳元を飛ぶ蚊の羽音くらい鬱陶しい。

 

おそらく本人には、他の人の迷惑になってる自覚がないのもタチが悪い。

電車内でリュックを背中で背負いっぱなしの人たちくらいタチが悪い。

 

1分間に何度もブーブーブーブー言わせちゃって。バイブならポケットに入れておいたって気付くんだからしまえばいいじゃないか。

 

友達と短いスパンでLINEしてる私。イケてるでしょ。みたいなアピールならなんか笑って許せます。浅はかさが逆に可愛い。

 

そんなに気にしなきゃいけない内容なら、電話すればいいと思うんですよ。

電話野郎が物議を醸してましたが、この場合はリアルタイムでやり取りしてるんですから、電話したって失礼には当たらないでしょう。お互いLINEとおぼしきトークアプリでの会話に全力投球なのだから。

 

 

スマホはプライバシーの塊って皆口を揃えていうじゃないですか。

個人の分身ともとれるスマホに来る通知を、他の人に知らせる必要は全くない。それどころか、通知を他の人にも伝えてたら個人情報筒抜けだ。あ、私今やることほったらかして、人と連絡とってます。と、知らせることに意味はあるのだろうか。

 

気にならない人は全く気にならないでしょうし、自分が神経質すぎるという可能性もあります。

がしかし、鳴った瞬間、態勢を変えたり、飲み物を手に取ったりする人が多いということは、集中力を欠かせた物的証拠と捉えられなくはない。

 

ということは、不快感は、スマホ所有者の無自覚に原因があるのではないでしょうか。

 

ただ、こういうのって、注意するほどのことでもないんですよね。ほっといたら一時的とはいえ、その場に慣れてしまうし。

 

ただ、マナーとしてどうなのよと思うわけです。

イヤホンの音漏れも、振動が多い区間とかだと気にならなくなるじゃないですか。そしたら漏れてないのと同じかなって話なんですけど、やっぱり気づいた瞬間から意識の中には雑音として残っちゃうんですよね。

咀嚼音も似たようなもんでして、意識の中に入り込んで来ると無性に気になるというか。

気づいたもん負けですよ。

 

 

なんでもかんでも、ハラスメントと名付けると、注意喚起ではなくしがらみになってしまう。

けれど、繋がった机の上でバイブを鳴らす行為だけは、バイブハラスメントと言わせて欲しい。

独立した机ならまだ許せます。同じ机に向き合ってるパターンだと、音だけじゃなくて振動もダイレクトですから。こっちだけは本当に勘弁してください。

僕があなたのスマホに反応できちゃいますよ。

 

だからバイブハラスメントはやめてくれ。

 

 

やり取りに全く関係ない人たちの集中力を奪ったり、話を遮ったりするスマホのバイブ。

鬱陶しさ感じてる側からすれば、他の人とのやり取りをただ見せつけられてるだけですからね。

関係なさでいえば、人が話す地元の先輩や職場の上司の話くらい関係ない。

 

巻き込み事故が多発しすぎてる。

 

単純に通知を逃したくないから、確実に分かる机の上に置いてます。くらいの理由ならPokemonGO plus的な感じで、スマートウォッチとかと同期してくださいって。

 

解決方法が簡単だから余計に気になるバイブ音。

他人にまで聞かせる必要はないんじゃないでしょうか。

 

 

では、また。

「あとで見る」は絶対見ない。

 

特に買いたい本がなくても、デカイ本屋や古本屋をめぐり、タイトルで買いたい本を決める、タイトル買い。

 

その場で買える時ならなんの問題もなく、帰路の途中でも嬉々として袋から取り出し読み始めることはしょっちゅうある。

 

しかし、今は買わないけどいずれ絶対買うからメモしておこう。

これは無駄なことだと分かっていても、不安が原因でやめることはできない。

 

また再会できなかったら損する気がする。と勝手に、焦りと不安ともったいないを煽ってしまうのだ。

 

一見すると、未来の自分に良いパスを出してるようにみえるこのメモは、実はとんでもなく悪しき行為だと僕は思います。

 

ウィッシュリストも欲しいものリストも、あとで見るも、全部所有した気持ちだけを渡してきませんか。

 

そこに登録した段階で、読んだ気に見た気に買った気になってしまうのは僕だけですか。

 

コメディ系を求めてるのに、ダウナー系に気になる作品があった時、後ろ髪を引かれながらも、その作品を見たり読んだりするのは、コメディを求める気持ちからはそれるため一旦保留にする。

けど、気分がマッチしてる時なら確実に読むだろう。だから。

 

あとで、とするのは多くの人がこんな流れの中でであろう。

 

けれど、このあとでのリストに入れた時、今すぐに向き合う時間を取らず保留した時、なぜだかもうその作品をすでに読んだり見たような気になってしまう。

 

タイトルやあらすじに惹かれた作品だったはずなのに、あとでリストを漁ってる時にはなぜだか、もう分かってるからいいよなと、勝手に作品を自分の血肉にしてしまっている自分がいる。

 

こうして僕はHuluをやめた。

メモしたあとでリストを見返すこともできていない。

 

見るよりも、リストを増やすことに楽しさを見出してしまっていたし、登録すれば所有できたような錯覚を起こしてしまっている。

 

セクシービデオも似たようなもんだ。めちゃめちゃいいと思って保存しても、いいのはその時だけで、結局見返したりすることはない。

所有することに満足しようとしている。

 

非常に無駄なことだと知りながらも、その場でどうこうしようとする気がないのに、いつでも思い出せるようにしておかないと不安になる。

その不安は登録したことで、所有した気になる、実態のない所有欲がかき消してしまう。とりあえず持ってるから大丈夫というミスリードは、ミジンコほども大丈夫じゃない。

 

あぁ、そういえばこれこの前気になってたんだ。

旧友と会うかのような、ゆるい偶然の再会がきっと手に取るきっかけとして1番いいと僕は思います。

 

登録してあったから読まなきゃ見なきゃというのは、義務感でしかない。

 

あとに回したことで湧き出る所有欲。

明日やろうは馬鹿野郎と同じで、あとでがくることは多分ない。

 

せっかく出会えたのに、わざわざそれを手放してしまうのだから、あとに回す方がもったいない。

 

僕のがそうであるように、皆さんの買いたいものリストは、買いたくないものしかない。

そう思います。

 

では、また。

 

職場で排泄したいなら。

 

昼過ぎからこんな話題でごめんなさい。

 

私ごとでしかないですが、僕は基本的に家のトイレじゃないとなぜか大ができません。外のトイレは綺麗だとしても、あんまり入る気になれません。同業者の方いませんかね。

 

座って出なくなるとかではないけれど、お便りが届いた時に、家まで行けるなら我慢したくなる体に悪いタイプです。習慣とは恐ろしいもので、出した方が身体にいいことは分かるんですが、体が言うことを聞かないのです。別の観点で踏ん張ってしまうのです。

 

 

だから職場でお便りが届くと最悪です。

 

出すべきか、出さぬべきか。それが問題になります。

基本的にギリギリのラインで一進一退を繰り返し、せめて休憩時間までは我慢しようと思うのですが、通勤快速みたいなお便りだとこれがそうもいかなくなります。

持ち場を離れてトイレに行ったとして、すぐに戻れるならいいんですが、長期戦必至みたいなやつだと、周りの目が気になり、行くに行けない。そんな葛藤を抱え、括約筋を締め続けます。

 

そもそも我慢できるなら家までしたいのです。それが無理だから休憩時間という妥協策なのに、通勤快速はそんな妥協策すら許してくれません。

 

早く行ってスッキリすればいいのに。そう思う人は、うんこ、失礼。お便りとの付き合いがドライな人達なんだと僕は思います。

 

ウェッティな、あ、物の質感ではなく、付き合い方がウェッティな僕は、割り切りの排泄が出来ないので、ゆっくりと長い時間を取れる休憩時間を待つのが最良な選択肢だと常々思っています。

 

しかし、これはまた別の問題を生むこともあります。

 

肛門という名の駅を通り過ぎることはありませんが、我慢してて、体内から臭いが漏れてるんじゃないか。そんな心配が脳裏をよぎることがあります。

 

そうなったら最悪です。

席を立ったら確実に、臭かったのあいつかよと思われかねません。

それはなんとしても避けねばならぬ事態です。

 

僕はなんでこんな排泄1つに頭を悩ませているのでしょうか。毎回悲しくなります。

しかしながらこれが人のさがというもの。僕は来る日も来る日も職場でお便りが、届かぬよう祈り続けます。

 

 

まぁ、いつだって祈りとは虚しいもので、今日もまたお便りが特急で届きました。

2時間程度、行くか行かぬか頭を悩ませた僕は、あまりにも低下した集中力を取り戻すため、意を決して業務時間内にトイレに駆け込みました。

 

日頃感じている葛藤からの解放か、はたまた運良くキレがよかったのか、5分程度で個室を出ることに成功した僕は、今日、また1つに大人の階段を登れたような気がします。

 

駆け込んでズボンを下ろし腰掛けた瞬間、なぜだか幸福感が僕を包みました。

これが、人間生活を満喫するということか。

そんな悟りの境地に達したような気さえするのです。

 

 

職場で排泄したいなら。

 

 

汚い話でごめんなさい。

 

では、また。